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インタビュー

母が娘を束縛する姿に、政府が国民をコントロールする姿を重ねて。

『血観音』ヤン・ヤーチェ(楊雅喆)監督インタビュー

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OAFF2013『GF*BF』で来阪時に、ヤン・ヤーチェ監督は次回作について「商人が骨董品を扱うと色々な賄賂が動く。特に華僑は骨董品に手を染める人が多く、裏にある汚い図式を描きたい」と語っていた。今回、コンペティション部門に出品された『血観音』は、正に当初の構想にあった狙いを映し出す一方、女性フィクサーを中心とした三世代の母、娘、孫のせめぎ合うような関係を、鮮烈に描いている。様々な驚きや発見に満ちた本作の狙いや時代背景、そして昨年「オーサカ Asia スター★アワード」を受賞したカラ・ワイさんの出演秘話を、ヤン・ヤーチェ監督に伺った。

―――本作の時代背景について、教えてください。

ちょうど30年前(1987年)の話です。当時は長年施行されていた戒厳令が解除され、一気に土地の開発が進み、商業も発展しました。すると、当然政治家や商売人による汚職絡みの話が起こってきた訳です。汚職は昔からありましたが、戒厳令の解除に伴い、社会が混乱状態にまで陥りました。私は実際に取材をし、事実に基づいてこの映画を作りました。ただ、今の台湾人が見ても分かるような表現にしています。

―――前作の『GF*BF』も戒厳令解除直前の時代から、解除後の台湾を映し出す青春映画でしたが、本作はさらに政治面、社会面をクローズアップした形ですね。

そうです。新しいもの好きですから、同じ時代のことを描くにしても、全く違う側面から描いてみました。

―――タン夫人を演じたカラ・ワイさんは、マレーシア・香港合作の『ミセスK』(OAFF2017)で見事なアクションを披露し、健在ぶりを示しましたが、本作では完全にアクションを封印しています。台湾政財界の女フィクサーを貫録たっぷりに演じ、新境地を見た思いですが、オファーの経緯は?

皆さんご存知のように、カラ・ワイさんは20代からアクション女優として活躍したものの、30代以降は出演作が激減し、一旦はどん底状態に陥ってしまった。でも40代から再び映画の世界に戻ってこられ、現在に至るまでご活躍されています。人生の抑揚を経験した女優は、きっと素晴らしい演技ができると私はいつも信じているので、今回カラ・ワイさんを起用しました。

―――オーディションもされたのですか?

実は本作のオーディションでカラ・ワイさんに会うため、香港まで行ったのですが、待ち合わせの時間になっても彼女は現れなかったのです。15分ほど経ってから現れた時、カラ・ワイさんはドレスもハイヒールも口紅も赤、そしてネイルも赤という全身赤のコーディネートで、「この役をどうしてもやらせてほしい」とおっしゃり、その場で役を演じてくれました。とても印象深かったです。

―――カラ・ワイさんほどの大女優がそこまでアピールされるとは、余程この役が魅力的だったのでしょうね。

カラ・ワイさんご本人はとても親しみやすい方なのですが、今回初対面で、いきなりタン夫人そのものでしたから。タン夫人口調で「何をすればいいの?」と聞かれた時は、怖くて怖くて、殴られるんじゃないかと思いました(笑)。

―――実際、カラ・ワイさんと一緒にお仕事をしての感想は?

金像奨の主演女優賞受賞歴がある大スターと仕事をするのは初めてですし、非常に強い女性というキャラクターも初めてでした。カラ・ワイさんは年上なので、色々なことを教えてくれ、とてもいい経験になりましたし、彼女の演技にも満足しています。

―――本作は、台湾の政治スキャンダルを描くと同時に、家族間の「束縛」も描かれていますが、その狙いは?

戒厳令が施行されていた時、私はまだ子どもでした。学校教育で教科書から学んだことは、今から思えば、とんでもない嘘です。結局、政治において政府は常に国民をコントロール、つまり束縛しようとしています。汚職もそうですが、美しいベールに包まれていても、水面下はとても汚く、ドロドロしている。家庭の中においても、母親が娘にあれこれ指図するのは、一種のマインドコントロールであり、愛をコントロールしようとしています。もっと言えば、愛そのものが束縛であるということを描きたかったのです。親子で束縛し合うなんて、本当に「バカ」ですよね。逆に質問しますが、小さい頃私がよくイタズラをすると、父親に「(日本語で)バカヤロー」と怒られたのですが、日本でも父親に「バカヤロー」と怒られることはあるのですか?

―――もちろん、ありました。私はそこまでイタズラしませんでしたが(笑)小さい頃と言えば、日本では80年にもんた&ブラザーズが歌って大ヒットした「ダンシング・オールナイト」が繰り返し劇中で使われ、とても印象的でした。

台湾に住む人たちが使っている、独特の言葉の違いに関係があります。綺麗な北京語をしゃべる人は、恐らく中国からやってきた上流階級の人。一方、台湾に住み、日本語も地元の言葉もしゃべる人は台湾にいる貴族で、やはり上流階級の人です。この映画では色々な人が様々な言葉をしゃべるので、当然使う音楽も、彼らの置かれている状況や環境、背景を表現したものになっています。「ダンシング・オールナイト」は、台湾で80~90年代にかけて大ヒットしたラブソングです。ただ、日本語の歌詞と中国語の歌詞は内容に開きがありますし、わざとそうなっているのだと思います。

―――最後に、ヤン・ヤーチェ監督は母娘のドロドロとした感情をとてもリアルに描いていますが、その秘訣は?

僕はひょっとしたら、声が低い女性かもしれませんね(笑)。実は、脚本段階では、政治、経済、汚職をメインに書いていましたが、本作の女性プロデューサーが脚本を読んで、ダメ出しをするのです。「母と娘の親子の部分をきちんと描かなくてはいけない」と何度も脚本を突き返されました。母と娘の情感を男性が理解するのは、なかなか難しい。例えば、女性と話をして、突然怒りを爆発されることがあっても、こちらはなぜなのか見当もつかないのです。ですから、女性の気持ちを理解するために、私も色々と勉強しました。『ラスト、コーション』の原作者でもある女性作家、アイリーン・チャンさんの全小説を読みました。中国の作家の中で、女性を描かせたらアイリーンさんが一番上手です。彼女の小説の中によく出てくるフレーズが「こういうことをするのは、あなたのためよ」。台湾人もすぐに「あなたのためにやっているのよ」と言うのですが、実際は違います。「あなたのために」というのは、愛をパッケージ化して、うまく利用しているだけなのです。

取材・構成  江口由美(映画ライター)

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