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開催レポート 7日目

3月15日(木) vol.3 シンポジウム

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さらなる挑戦をみせた『牌九(パイゴウ)』から近年のインドネシア映画業界を紐解く

今年のシンポジウムは「茶房館から牌九を越えて:インドネシア華人映画の系譜と新展開」と題し、特集企画《ニューアクション!サウスイースト》『牌九(パイゴウ)』よりシディ・サレ監督とプロデューサーでもあり出演もされたイリーナ・チュウさん、そして進行役として山本博之氏(京都大学混成アジア映画研究会)、西芳実氏(京都大学東南アジア地域研究研究所)が登壇されました。

『牌九(パイゴウ)』はパネリストのシディ・サレ監督、イリーナ・チュウさん、そして会場内にお越し下さったテクン・ジーさんの3人がチームを組んでプロデューサーとなり、インドネシアにはない作品を目指して2016年に撮影した長編映画。もともと銀行勤めをしていたというイリーナ・チュウさんでしたが、趣味でやっていた俳優の道へ本業として進もうと一大決心。その道を切り開くため、演じるだけでなく映画づくりのスタッフ側へも参加されたそう。「テクン・ジーさんと私は映画制作の経験が少なかったにもかかわらず、シディ・サレ監督はインドネシア映画について、そして映画をどうつくるか、という議論にたくさん参加してくださいました。そうした話し合いを重ねていく中で、監督の着想から『牌九(パイゴウ)』が生まれたんです」とイリーナ・チュウさん。

シディ・サレ監督

イリーナ・チュウさん

インドネシア系華人のイリーナ・チュウさんたちと共に仕事をするようになった経緯について、シディ・サレ監督は「当時、自分の映画で中華系の人々を扱うことに関心はありませんでした。というのも当時華人を扱った映画はどれもマイノリティ的、政治的な映画だったので、自分自身として興味はあっても、自分の映画のテーマとしては興味がなかったのです。2人から声をかけてもらって共に制作することが決まると、私たちはどんなストーリーにするか、というところから話を始めました」と制作のはじめから新しい映画を作ろうという意志があったことを明かしました。

劇中、描かれている結婚式やティーセレモニーについて尋ねられると、「この作品の、式はカトリックだけれどセレモニーは中華的、というスタイルのように、今インドネシアではモダンで様々な文化が混じった結婚式を行うことが多いです。その意味でこの映画での結婚式やセレモニーは現実を写し取ったものと見てもらっても問題ないと思います」とイリーナ・チュウさんは説明されました。

また映画の中で使われている言語について、はじめインドネシア語で脚本を書き、それを中国語に翻訳したとのこと。最初は2つの言語が半々になるようにしたかったという監督ですが、中国語を話せるインドネシア人が見つからなかったとのこと。インドネシアでは50年代までで中国語教育が途絶えており、60〜70代と4〜6歳を除く世代はイリーナ・チュウさんを含め華人であっても中国語を話すことができないそうです。キャスティングが難航する中、普段は大学の先生をしているイリーナ・チュウさんの実際の父親が劇中でも父親役を演じたというエピソードも。

ここで西芳実氏からインドネシア華人にとって大きな意味を持つ3段階の歴史的出来事とその時期を描いた作品についての説明がされました。1つ目は植民地独立です。植民地時代にオランダの手先となって働いたというイメージのあったインドネシア華人は、独立後よそ者扱いを受け孤立しました。しかし当時、特に経済において華人もインドネシア社会の歴史を作った一員であったというメッセージを発信した映画が、『茶房館』でした。

2つ目は9.30事件です。理想のインドネシア社会に向けて学生運動に身を投じた華人男性を描いた『GIE』は9.30事件を境にインドネシア人と華人との間にできた溝を見直す作品となっています。

そして3つ目は華人が襲撃の対象となった、1998年の政変と民主化です。民主化以前、華人のアイデンティティの維持とインドネシア社会への統合のバランスをどのようにとっていくかがインドネシア華人の間での大きな問題でした。『空を飛びたい盲目のブタ』では、家をどう継ぐかが重要な課題となっており、華人の葛藤が描かれています。これらの3作品について西芳実氏からは、すべて男性が中心であり、女性は歴史を動かす存在として描かれていない、との指摘もあがりました。

それらの作品を経て生まれた『牌九(パイゴウ)』では家族のつながりが印象的です。「劇中『リムのファミリーへ、ようこそ』という言葉がしばしば使われますが、リムとは花嫁の父の姓。しかし話のメインは婿が花嫁の家である“リム・ファミリー”に入る、というものであり、物語のラストでも実質的な権力を担っているのは花嫁の母方の祖母であることが分かります。このように形の上では伝統的に花嫁が男性の家に嫁ぐけれど、実際の力関係は富など他の様々な要因によって決まるのが現在のインドネシア社会なのです」とイリーナ・チュウさんが話されました。

さらにインドネシア社会における華人について問われると「人口比としてはマイノリティだけれど必ずしも恵まれない環境にいるわけではありません。一時期は抑圧されたことも、経済的地位を築いたことも確かです。しかし華人というとそのトップについてばかり述べられがちなように思います。華人でも中流階級の人は他のインドネシアの人と同じように苦労もしているのです。」とコメントされました。

年間100本以上の映画が作られるようになったインドネシアの映画産業についてシディ・サレ監督は「確かに今は映画のつくり手にとってもチャンスが増えている時期で、今後はもっと拡大していくと思っています。現在の問題は映画を観る場所の確保です。今のインドネシアには2000の映画館がありますが、人口の全てが観るには不足しています。より大きな映画館をどんどん作っていくことが必要ではないでしょうか」と話されました。さらに人気のある映画の形態について、「日本と同じようにインドネシアでも人気小説を原作とした作品が多いです。それから1作目がヒットした映画の続編もたくさんつくられています。オリジナル作品は有名俳優を起用しなければ成功は難しく、監督や脚本家の名前だけではインドネシアの観客をなかなか集められません」とのこと。

タイトルの「PAIKAU」に関しては、多くの読み方があり迷った結果、インドネシア人にとって一番発音しやすく覚えやすいものに決定したそうです。シディ・サレ監督は、「インドネシアではシンプルな作品が多いですが、今回の作品にはもう少し“含み”をもたせたかったのです。その意味で『牌九』は実験的な映画でした」と話されました。

最後に本作で伝えたかったメッセージについて、「大胆にこれまでになかったフレッシュなものを作ろうと思いました。インドネシアの映画界における多様性を切り開いていきたいという思いです。」とイリーナ・チュウさん。そしてシディ・サレ監督は「家族を愛し、女性を重んじよ」と一言で作品のメッセージをまとめられました。

そして「『牌九(パイゴウ)』は新しい中華らしさを世界に発信すると同時に、女性が仕切る黒社会に男性が入ってくる「赤社会」ともいえる新たなジャンルを提案したのではないでしょうか」と西芳実氏の言葉でシンポジウムは幕を閉じました。

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