プレ企画|大阪アジアン映画祭・特別ゼミナール
第3回開催レポート(全6回)2013年9月29日@大阪歴史博物館

ゲスト:秋山珠子さん(立教大学講師、中国語映画字幕翻訳家)

 

約2ヵ月ぶりのゼミナールとなった第3回は、立教大学講師、中国語映画字幕翻訳家の秋山珠子さんをゲストにお招きしました。秋山さんは、王兵(ワン・ビン)監督の『鉄西区』(03)、『鳳鳴―中国の記憶』(07)をはじめ、張元監督『クレイジー・イングリッシュ』(99)、李纓監督『2H』(99)などの字幕を手がけておられ、中国インディペンデント映画やドキュメンタリーに精通されておられます。今年開催された中国インディペンデント映画の祭典、北京独立映像展を中心に、その歴史から自らの体験を交えた裏話まで、他では聞けない貴重なお話をしていただきました。

 

■ろう者コミュニティーの日常を描いた中国ドキュメンタリー作品『白塔』

 

当講座前日の9月28日に国立民族学博物館で開催された中国インディペンデント映画『白塔』の上映会&トークで、共同監督の蘇青(スー・チン)さん、米娜(ミー・ナー) さんの通訳として来阪された秋山さん。まずは、中国河南省を舞台にろう者コミュニティーの日常を描いた『白塔』(2003年製作、山形ドキュメンタリー映画祭2005年出品作)や監督たちの活動をご紹介いただきました。

『白塔』というタイトルは、舞台となっている河南省に実際に建っている白い塔を、そこにいるのに存在を無視されているろう者の現状になぞらえてつけられたものだそうです。この作品で描かれている主人公のろう者の女性は、彼女を知る皆から「活発だ」と手話で表現されるぐらい、とても明るくてチャーミング。手話の身振り手振りもリズムカルで躍動感に溢れています。そんな彼女が優柔不断だけれどどこか放っておけないバツイチ中年男性に出会うことから始まる恋愛模様が劇映画のように展開し、ろう者の日常や彼らの人生、そしてその悩みをイキイキと映し出していきます。

『白塔』共同監督の蘇青さん、米娜さんのコンセプトは「行動しよう」。お二人は単にドキュメンタリーを製作して観客に見せるだけでなく、現在北京郊外の宋荘(そうそう)でろう者と聴者がともに働くレストラン「米娜餐庁」を経営しているそうです。宋荘は、かつては田舎町でしたが、近年は多くのアーティストたちが居住する芸術家村になっている地域。比較的家賃も安く、現代美術をやっている人がアトリエを作りやすい環境でもあり、町おこしとして美術館建設がされるなど、今やアーティストのみならず観光客をも引き付ける面白い場所になっているとか。インディペンデント映画の祭典である北京独立映像展もその宋荘で行われ、会期中には、関係者や来場者が「米娜餐庁」はじめ地元レストランに集まり、久々の再会や新たな出会いを祝すという、映画祭ならではの光景も見られるそうですよ!

 

■不屈の精神で歩み続ける中国インディペンデント映画の祭典「北京独立映像展」

 

秋山さんがしばしば足を運んでいるという中国インディペンデント映画だけを集めた映画祭、北京独立映像展。一般公開を前提にしないで、検閲を通さず、自分たちの思い通りに撮った作品が集まる映画祭は既に開催10回を数えるそうです。
この映画祭を語る上で欠かせないのが、北京独立映像展を主催する、中国インディペンデント映画のアーカイブでもあり支援組織でもある「栗憲庭電影基金」の創設者、栗憲庭(リー・シェンティン)さん。
80年代、まだ誰も中国で現代美術に注目していない時代から精力的に作家を紹介するなど、世界的に有名なキュレーターでもある栗憲庭さんは、次第に美術市場が商業化され投機の対象になってきたことに疑問を感じ、00年前後からデジタル化の波で製作本数が増えてきたインディペンデント映画に注目し、同基金を設立。現在も映画祭の代表として活躍しておられます 。

近年、当局からイデオロギーの締め付けが厳しくなっており、昨年は地元政府当局から上映をやめるよう勧告され、上映中電源が強制的に落とされしまうという日本では考えられない妨害を受けた北京独立映像展。今年のポスターには、その時に基金会の門扉に貼られた、栗憲庭さんが筆で書いた「政府の関係指導者の通知を受け、第9回北京独立映像展は会期を残し、本日閉幕いたします」という告知文の写真が使われています。秋山さんも「どれだけエッジが効いているのか」と驚くそのポスターは、自らの置かれた状況を茶化すようでもあり、また堂々たる抵抗の宣言文のようでもあります。

さらに、今年のカタログの表紙には、1989年2月に中国で初めて公的美術館で開催された現代美術展でやはり栗憲庭さんが書いた中止告知文のベニヤ板の写真が使用されています。栗憲庭さんが書かざるを得なかった二つ芸術展の中止告知文を、映画祭の顔の部分で見せるところに「転んでもただでは起きない」不屈の精神が垣間見えます。

 

■第10回北京独立映像展とオープニング作品『アダムの子』

 

今年8月に行われた北京独立映像展も、オープニングセレモニーの壇上、ジャ・ジャンクー作品の常連俳優であり、栗憲庭電影基金のアートディレクターである王宏偉(ワン・ホンウェイ)さんが「みなさん、この映画祭は中止します」と宣言する波乱含みの展開。

その直後、監督とゲスト以外の一般観客は、一旦セレモニー会場外へと誘導されたそうです。会場に残った監督とゲストに向かい王宏偉さんは、「このまま終わらせたのでは出品監督にも観客にも申し訳がない」と、監督の許可を得られれば、上映作品DVDを参加者に渡し、個人あるいは友人同士数人で鑑賞できるようにし、所定の時間に会場に集ってディスカッションを行いたいと提案されたそうです。「単に中止で終わらせたくはありません。我々の目的は作品を見せることです」と語る王宏偉さんに多くの監督たちが同意し、上映作品DVDが配布されることに。さらに、秋山さんが翌日同じ会場に行くと、スタッフから声がかかり、「今から内部試写を始めます」とオープニング作品『アダムの子』の上映が行われたそうです。最初は秋山さんを含め二人しかいなかった上映会は、終映の頃には観客が増え、会場の椅子がかなり埋まっていたとか。このようにして結局、当初予定された上映作品はすべて上映されたそうです。公式には映画祭の中止を宣言しながら、「作品を見せる」という当初の目的を果たした北京独立映像展。中国では、不特定多数の人に公共の場で作品を見せることには当局も敏感だそうです。今回のように、不特定ではなく、知り合い同士の上映に切り替えることで、映画祭は実質的な上映の機会を確保したと言うわけです。

講座では特別に、オープニング作品のドキュメンタリー『アダムの子』の冒頭部分を紹介していただきました。『アダムの子』は西安に生きるクリスチャンのホームレス青年の物語で、陳長清(チェン・チャンチン)監督は初監督ながら映画祭で審査員特別賞を受賞しています。冒頭から枯れ枝からふわりと雪の町が浮かび上がる詩的なモノクロ映像で、劇映画のような情景描写が印象的な作品。全編ホワイトノイズのように車や雑踏の音が入り、インディペンデント・ドキュメンタリー映画で音にこれだけ気を使う作品も珍しいとか。カメラワークも初監督とは思えないほど堂々としており、日本でもいつか是非上映してほしい興味深い作品でした。

この北京独立映像展が来年も行われるかどうかは行ってみなけれは分からないそうで、毎年Webサイトも開催ギリギリになって公開されるなど、大々的に宣伝できない事情があるようです。暉峻大阪アジアン映画祭プログラミング・ディレクターからの「一般の人が行くには、どうしたらいいですか?」という問いに対して、秋山さんは「前売りは買えませんし、昨今の傾向から、映画祭が中止させられる可能性は高いです。しかし同時に、内部試写の形をとったり、会場を変えて上映をしたり、彼らも何とか見せる方法を確保しようと努めているのも事実です。ただ、見知らぬ人に見せることは、「不特定多数」に見せることにつながってしまうため、上映会場には結局知り合いしか入れないという可能性はあります。せっかく日本から行っても開催していない、見られないというリスクは常にあります。どれだけ現地の人と友達になり、リスクを楽しめるかがカギになるのではないでしょうか」とアドバイス。こんなに予測不能でエキサイティングな映画祭は、世界でも例を見ないでしょう。中国インディペンデント映画への興味が一気にわいてくる、とても貴重なお話をたっぷりとお聞かせいただきました。受講生の皆さんも、ぐいぐいと秋山さんの体験談に惹き込まれていらっしゃいました。秋山さん、本当にありがとうございました!

大阪アジアン映画祭特別ゼミナール第4回は、12月15日に開催いたします。